「日本の国宝、最初はこんな色だった」  小林泰三

 小林泰三の「日本の国宝、最初はこんな色だった」を読む。とても興味深く、示唆に富む本であった。絵画のデジタル復元の第一人者が、日本の歴史的名画のデジタル復元の経験を語りながら、なおかつ日本美術の持つ特別な意味合いを語る。デジタル復元という新しい視点を得たからこそ語れる新しい発見に満ちており、大変面白かった。語られている例は、奈良の大仏、地獄草子、平治物語絵巻、永徳の檜図屏風、狩野長信の花下遊楽図屏風の5件で、わりと最近見た物が多く、自分の見た実感を思い出しながら読むことができ、余計楽しむことができた。

まず、大仏、大きいだけで良くないと思っていたが、この著者も天平の面影がないと述べており、我が意を得たりである。興味深いのは、デジタル復元によって明らかになった、仏の金色、四天王の極彩色、大仏殿内の色鮮やかな文様であろう。中国の寺の極彩色や日光の極彩色から予想はしていたのだが、あらためて、特に四天王の極彩色を見せられると、どうしようもない違和感を感じさせられてしまう。こういう色なら国宝に値するとは思わない。しかし、色の下から現れる造形の美しさは、勿論国宝に値する。色に対しては、超えがたい時代感覚があるのかもしれない。大昔は、まわりに色が少なかった。だから、極彩色にして、特別な物という印象を与えることが必要だったのかもしれない。しかし、現代では、まわりに色が溢れているので、極彩色は、悪趣味以外の何者でもない。この章の締めくくりに、著者は非常に面白いことを言う。大仏は、聖武天皇が、「更に人情あれば、一枝の草、一握の土を持ちて像を助け造らん」と民に呼びかけて、とうとう完成した。また、大仏殿を見る者は、大仏→脇侍→四天王→内部装飾へと視線を廻らすことによって、仏と一体となる経験をした。これを、「参加する視線」と呼んでいる。受動だけでなく、積極的なかかわりを持つようになっている。この二つのことによって、日本人は、あらゆる階級の民が、「参加する視線」を自然に身につけたと著者は言う。以後、日本人は、この「参加する視線」を高度に発展させていくことになると言う。これは、とても興味深い意見である。

 地獄草子、平治物語絵巻の章も面白いが、永徳の檜図屏風の章が特に面白い。一昨年の京都国立博物館で開催された「狩野永徳」展を見て感じたことの裏付けが書かれていたからだ。当時、「唐獅子図屏風」の迫力に比べて、どうしても「檜図屏風」に物足りなさを感じた。素晴らしくもあるのだが、どうも全体から受ける印象がイマイチだった。その原因として、永徳の死期が近かったため、檜は永徳が描いたのだが、背景は、弟子たちが描いたのだと推理した。しかし、著者はデジタル復元によって、見事にこの謎を解決する。檜図屏風は、屏風ではなく障壁画だったことがわかっている。引き手の跡があるからだ。そして、デジタル復元によって、屏風の切れ目に障子のフレームを当て嵌め、さらに障子の間に柱を置き、最後に4面の障壁を途中でコの字に折り曲げると、「檜図屏風」が立体的な迫力を持って、迫ってきた。これには驚いた。恐らくこれは正解だ。「檜図屏風」を生で観て感じた素晴らしさとどうしようもない違和感、この謎が溶けた。
 
最終章では、狩野長信の「花下遊楽図屏風」について書かれている。この絵は、2000年に東京国立博物館で開催された日本国宝展で観て、とても惹きつけられて絵だ。この絵の素晴らしさは図抜けている。なぜ、この絵があまり知られていないのか、それが不満だった。この絵は、残念なことに関東大震災で一部がなくなっている。そして、筆者によってデジタル復元される。その過程が読んでいて、面白かった。そして筆者が、この絵を、そして狩野長信を絶賛するのが、とても嬉しかった。

 おわりに、で筆者は、本文中でも触れていた、日本美術の一つの特徴である「参加する視線」について述べている。これは、とても面白い意見だ。筆者には、これをテーマにまた本を書いてもらいたいものだ。このテーマを深堀できれば、優れた美術批評が完成すると思うのだが。

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コメント

  1. 小林泰三 より:

    とき過ぎたころのコメントですみません。
    デジタル復元師の小林泰三です。
    この度は、拙著を読んでいただき、誠にありがとうございます。
    また、本に込めたメッセージが少しでも届いたようで、本当にうれしく思います。
    今後も、日本美術の新しい鑑賞法をご紹介してまいります。ご期待ください。
    もし、よろしかったら、
    http://www.kobabi.com
    まで遊びに来てみてください。
    よろしくお願い申し上げます。

  2. 匿名 より:

    わざわざ、著者さんからのコメントありがとうございます。
    驚いています。私の好き勝手な、生意気な文章に、カチンときていないか、少し心配ですが、まあ本気で書いていますので、悪しからず。
    ぜひ、「参加する視線」を深堀りしてください。期待しています。