青木繁展    京都国立近代美術館

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                「海の幸」

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  「わだつみのいろこの宮」

a 京都国立近代美術館で没後100年 青木繁展を見た(2011/5/28)。有名な「海の幸」を一目見たかったのと、天才と呼ばれた画家の全貌を知りたかったので。
 入場してすぐに、目玉の一つの「わだつみのいろこの宮」が展示されていた。それはないだろう。最低の展示である。こういうのは、徐々に気分が盛り上がってから見たいものだ。
この絵のどこがいいのかなあ。まず、知らないから神話の世界に入り込めない。「古事記」の山幸彦が、少年のように描かれているが、それでいいの?と思う。変に女のように足をそろえているし。海藻が玉座のようになっているのが、何これという感じであるし。紅い衣装が豊玉毘売であろうが、白い衣装の侍女の方が、眼に鮮やかである。良く分からない。
 1904年の絵から良くなる。「自画像」が力のこもった作品である。「海」、まるでモネのようである。鮮やかな海の青が光をはらんでいる。しかし、岩の点描が極端で実態が崩れている。そして、「海の幸」、やはり素晴らしい。10人の漁師が、モリを片手に、とったサメ三匹を担いで、浜を意気軒昂に歩いている。後方の漁師は、夕陽を浴びて、紅く染まっている。紅のデッサンの線が印象的である。完全に仕上げなかったことで、荒々しい力強さが生まれている。色を抑えているため、陶板画のような印象を受けた。
 「木立(森の暮色)」、夕闇の中の黒々とした大きな木、なぜかいい。こういう所に美しさを見出だし、またそれを表現できるのが、素晴らしい。「女の顔」 、恋人のたねを描いた絵、エゴン・シーレを思わせる色合いである。シーレほど病的ではないが。しばらく、つまらない絵が続く。青木も駄目になったのだな、と思ったがそう単純でもない。「沼」、渋い絵であるが、モネの水面を思わせる表現力を感じる。そして隣にあった「犬」、木立の草むらで吠える犬、青木らしくない、まるでクールベのようなリアリズムだ。そして、最後に気に入ったのは、「雪景」、小品でるが魅力的である。前景の川の水が、後景の雪山と同じくらい白い。眼に鮮やかである。粗いタッチであるが、美しい。
 すべてを見て思ったのは、絵のできに、ムラが大きいということである。大作でも、すごく良かったり、実に平板だったり、小品でも、面白かったり、つまらなかったり。そこがむら気で天才的なところかも。モネやシーレやクールベを思わせた絵があったが、これが物まねでなく、自分で編み出したのなら、天才的といえよう。しかし、つかみどころのない画家である。こういう絵を描く画家であると、なかなか言えない。「海の幸」、を描いた画家としか言いようがない。

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