院政期(平安時代後期から鎌倉時代初期)の日本絵画の名品を集めた展覧会である。出展125件のうち国宝49件、重文57件で、ほとんどが名品という豪華さである。その割りに全然宣伝してなくて、大丈夫であろうか?奈良国立博物館なんて久しく行っていなかった。ドル箱の正倉院展を開催できるので怠けているのであろう。しかし、京都国立博物館が、企画展を次々に成功させているのにさすがに慌てたのか、とにかく、これはいいことだ。これだけ名品を集めて成功しなかったら、企画者が泣きをみることになる。是非、成功してほしいものだ。十分見に行く価値はある。
日本の絵画が花開くのは、この時代に始まるのかもしれない、そう思った。仏教絵画の名品が揃う。最初にあるのは、「金剛吼菩薩」、非常に大きな絵で、その迫力が凄い。
紅い眼の縁取りと唇、そして後背の火炎の紅が印象的だ。こういう古い黒ずんだ絵を見ていて、よく思うのは、描かれた当初はどんな色だったのだろうということだ。黒ずんでいる御蔭で、そこにわびさびを見て、いいと思うことがよくあるが、もしかしたら原色のケバケバしい絵だったのかもしれない。けれども本当にいい絵だったら、ポップな絵だと思うかもしれないが。そして、金剛峯寺の「仏涅槃図」。この絵が、絵巻物を除いて一番の作品だと思った。臨終の仏陀のまわりで、僧達が悲しんでいるおなじみの構図だが、近くで見ると、悲しむ僧たちの表情が個性的で面白い。そして何より、離れて見ても、大きな仏陀の白と僧たちの色と形の全体感が素晴らしい。これは本物の画家の本能のなせる技だと思う。「善女龍王像」もいい。衣の襞の優美なラインと足元の雲の流れのラインが何ともいえずいい。曼殊院の「不動明王像」、これも凄い迫力がある。不動明王像らしくなく、体に全然力が入ってなく、ぬぼーっと立っているだけなのだが、顔の後ろが暗いせいか、闇の中から立ち現われてきたような迫力がある。筋骨隆々さは漫画のような下手さなのだが。展示場の壁一面を覆う曼荼羅が二幅、あまりの巨大さに見とれるしかないが、一つ一つ仏も丁寧に描かれている。しかし絵としてどうこうは言えない。
平家納経。今までも何回か見たことがあったと思うが、唯の豪華な表装の写経で歴史的価値があるのみだと思っていた。しかし、「提婆品」は違う、とても美しい。下地に金や茶の斑点装飾が施され、装飾模様だと思っていたものが、いつのまにか、草木になっている。その上に青や緑で文字が描かれ、非常に洗練された美しさを放っている。ここに琳派の原点があると思った。宗達に勝るとも劣らない美しさである。今日一番の驚きかもしれない。
さて、絵巻物である。四大絵巻の「伴大納言絵巻」「信貴山縁起絵巻」、今までも何回か見たことがあったが、いずれも人だかりで落ち着いて見れなかった。今回は、この絵巻がクローズアップされているわけではないので、好きなだけ見れる。特に「伴大納言絵巻」は、絵巻物の最高峰だと思うし、絵画として考えても、日本屈指の絵画だと思う。これがダ・ヴィンチの活躍した15世紀の300年も前だというのがまた凄い。日本人は、絵の才能に恵まれた民族ではないのかなあとこの頃思う。これら絵巻をはじめ、雪舟を頂点とする水墨画、戦国期の豪胆な絵の数々、太平の江戸で花開く色々な絵の数々、浮世絵は印象派に大きな影響を与えた。現代の漫画にしても、レベルは色々あるとして、本当にたくさんの漫画家がいる。やはり、日本人は、絵の才能がある。さて、「伴大納言絵巻」に戻るが、人々が実に生き生きと描かれている。絵に動きがあり、表情が実に豊かだ。人々の輪郭線に迷いがないので、生き生きとしてくるのだ。下絵は描いているだろうが、油絵と違って、やり直しのきかない、一つ一つが、一発勝負の絵だと思う。だから練達の腕だと思う。「鳥獣人物戯画」と双璧をなす。「信貴山縁起絵巻」も実にいい。少し「伴大納言絵巻」に負けるが。
まだ、いい絵巻がある。「地獄草紙」と「餓鬼草紙」である。「餓鬼草紙」にも、「伴大納言絵巻」に通じる自在で美しい描線がある。「地獄草紙」は、「餓鬼草紙」より写実力は劣ると思うが、鬼の表情が凄いし、絵に迫力がある。こちらの方が、絵として凄いと思う。
後は、疲れたのか、特に興味を惹くものはなかった。いや、最後の法隆寺の「蓮池図」は良かった。どこがいいのかと問われれば、困るのだが、実にいい。
写真は、「伴大納言絵巻」の部分。