和田三造展を見に姫路市立美術館に行った(09/10/03)。教科書で見る「南風」が強烈でどんな画家だったのか興味があった。結論から言うと、なぜ洋画を続けなかったんだ~、勿体ないということになる。色の画家なのに、日本画に手を出すなんて。
まず、初期の洋画時代、自画像とかの後、「南風」だ。やはり凄い。ドラマチックな絵だ。ドラクロアみたいだ。小舟の艫で、研ぎ澄まされた肉体の若者が、頭にシャツを翳して、立っている。その横に射るような視線の漁師が腰かけている。その手前に漁師の後ろ姿。右手に気弱そうな若者が座っている。後ろに流れていく紺碧の海の波が美しい。あー太平洋の青い海だ、と感じる。そしてその向こうに大島が見える。エキゾチックだ。別に、船の上で何か出来事があったのではない。それなのに、ドラマチックなのだ。すなわち、色彩がドラマチックなのである。それが素晴らしい。全く、見あきない。こういうドラマチックないい日本の洋画は、これしかないのでは、と思う。和田三造は、文展で「南風」に続いて『煒燻』で2年連続で最高賞を受賞する。坑夫を描いた絵らしいが、見たかった。和田三造の油絵は、多くが震災や戦争で焼失したらしい。それが、イマイチ有名でない一因らしい。
渡欧時代の「新聞を読む男」、「休息する踊り子」が良かった。明治の息吹を感じさせる油絵が多く、未熟というよりハツラツとしたものを感じた。この渡欧の帰途、インドやビルマで滞在しているらしい。そしてその後、西洋のことは忘れた。東洋に回帰するといって、日本画に取り組むことになる。日本画はつまらない。装飾、工芸と手を出すが、特別なものはない。南洋の風景を描いた「椰子の細道」が美しい。マチスを連想させる色使いだ。やはり、この画家は色の画家なのである。晩年にまた油絵に回帰する。「工事場風景」、工事場の上に茜色に染まった雲が描かれている。これが美しい。灰色に少し縁取られた茜色が、見れば見るほど美しく見えてくる。やはり、色彩の画家なのである。その隣の「浴場」も、蒸気でけむる温泉の透明感が出ていて、面白い。
和田三造は、渡欧で油絵をやっても西欧に勝てないと思ったのではないのかなあ。それで、日本画やいろいろ他の物に手を出すことになった。しかし、この画家の天分は色彩にあったと思う。だから油絵一筋にやっていたら素晴らしい絵を残してくれたのではないかと思う。残念。
「南風」 「手風琴を持つ少女」