縄文人は、クリを栽培して暮らしていた。

 NHKスペシャルで「アジア巨大遺跡」というのをシリーズで放送している。
この前、「第4集 縄文 奇跡の大集落 ~1万年 持続の秘密~」が放送されて、とても興味深かった。

 今、縄文が海外の研究者から注目されている。
縄文が狩猟採集生活は貧しいというイメージを崩し、1万年も持続させていた、というのが驚異的なことというプロローグで始まった。

 青森県にある巨大遺跡、三内丸山を中心に語られていた。
巨大な6本の柱が並ぶ木造建造物や長さ32メートルもの大型住居など、従来の縄文のイメージを覆す、巨大で豊かな集落だった。
木の実や魚・動物の骨が発掘されていて、農耕に頼らない定住型の狩猟採集生活を送っていたのがわかっている。
ここでは、1500年も定住生活していた。
これが、まず驚き。

 次の驚きは、集落の土を分析すると、集落の形成と共に、ブナ・ミズナラの花粉が減って、代わりにクリの花粉が増えているのがわかった。
しかも、集落全体にクリの花粉が見られ、集落でクリの森が広がっていたことが分かった。
クリを栽培・クリの森を管理していたのではないかと、推定されていた。
クリだけでは、苦しいのではと調べてみると、Wikipediaでは、
遺跡から出土した栗をDNA鑑定したところ、それが栽培されていたものであることなども分かり、多数の堅果類(クリ・クルミ・トチなど)の殻、さらには一年草のエゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメなどといった栽培植物も出土した。三内丸山の人たちは、自然の恵みのみに依存した採取活動ではなく集落の周辺に堅果類の樹木を多数植栽しており、一年草を栽培していた可能性も考えられる、
とのこと。
これで、納得。

 農耕はしていないけど、より自然に近い形で、クリ等の樹木や一年草を栽培して暮らし、それを1500年も維持して、定住生活できていたのが、凄い。
クリの栽培と森を管理していたなんて、世界史上初だろうし、凄いことだと思う。

 三内丸山遺跡の大きさは、約40ヘクタール(東京ドーム8.5個分)と巨大。
遺跡の居住者数は数百人と考えられているとのこと。
土器などがたくさん出ていること。
B.C.3500~B.C.2000の1500年も続いたこと。
(中国、西アジアでは農耕文明開始)
等が特徴。

 ちょっと、縄文が面白そうなので、ネットで調べてみた。
縄文時代は、B.C.11000から紀元0までの1万年間の時代。
縄文土器が世界最古の土器だそうだ。
(最も、中国でより古い土器が発見されてるそうだが、嘘臭いらしい。)
世界最古の煮炊きの跡は日本にあったそうだ(こちら)。

 世界4大文明とか言われているけど、もしかしたら縄文も含めて、世界5大文明とすべきかもしれない。
世界最古の樹木の栽培、世界最古の土器、世界最古の煮炊きとなったら、世界5大文明じゃないかな。
縄文時代は、農耕文化の弥生時代の前の遅れた時代で、それが長く続いたというイメージを植えつけられてるけど、それは、大間違いかも知れない。
日本は、自国を神話化して誇大妄想になって、第二次大戦に負けたので、日本を賛美することに抵抗を感じるようになったけど、卑下するのも行き過ぎると良くないからなあ。
今後、さらに色々発掘されて、新事実が発見されることを期待しよう。
 

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